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はじめに

こんにちは。2年以上ずっと放置しておりましたがこっそり再開してみました。

いまだ旅行記を中心に思い出したように引っ越し中です。唐突に引っ越します。引っ越ししてきた日記は最新日記で表示します。

たまにかわったりしているとおもうのでたまに見にきてください。

日記の日付は適当です。

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バースプランレビュー。

前回の続き。


早朝、病室に来た助産師さんに陣痛らしきものが来ていることを告げる。そののち主治医の先生も来てまだまだであることを確認し、このまま予定通り朝一に診察しましょう、となる。
助産師さんから、今日このままお産に向かうか、帝王切開になると思う、自然分娩なら2日、手術なら4日シャワーが浴びれなくなるので、今行ってきたらどうか、という提案をうける。痛いんだけど、まあ、それもそうか、と思いシャワーを浴びる。浴びながらも足踏みは忘れない。

診察時間前に夫・M氏も病院に到着。
時間になり診察を受ける。子宮口の開きはまだまだだがおしるしを確認。痛みも等間隔になってきた。このまま様子を見よう、ということで、陣痛室で陣痛タイム。

…いや、痛いね?陣痛。
だんだんあー、もう痛いなー、と段階が進んでくる。
7分間隔あたりで医師から、骨盤の状態を見ましょう、レントゲン行ってきて、という指示が。

…今かよ!
理由はわかる。でも今か!と思いつつも、M氏に付き添われながら放射線科へ。
レントゲン室の前でしばし待つが痛いです。呼ばれますが痛くて立てません。
陣痛の合間をぬってレントゲン。頼むよー、通れる大きさでいてくれよー、と祈る。

レントゲン室から陣痛室に戻る間も陣痛。痛み中は動けず苦しむ姿をみて「あー、なんかそれっぽーい」となんか嬉しそうなM氏。まあそうだよね、こんな感じだよね、と私もちょっと思う。

陣痛室に戻り、本格的な痛みに耐える。どんどん痛くなる。そして痛みの場所も変化してくる。動くというより広がる感じ。おなかだけの痛みが下に広がり、腰に回る。痛い。
痛みの場所的な方向性と痛さの方向性が理解できて恐ろしくなる。
「あんなに散々手術嫌がっといて、やっぱり切って出してくれとか私が言ったら面白いよね」とか陣痛の合間にM氏と会話するが、実際言いだしてもおかしくないな、私、、という痛みが襲う。

そこに主治医登場。
医「痛い?痛いよね?」
私「はい、痛い」

彼女はファイルを持っている。
レントゲンでとった骨盤の形と、胎児の頭の形をレントゲン写真から、それぞれ透明なファイルにマジックでうつしとってくれていた。
レントゲン写真を見ると頭と骨盤がずれている状態なので私が理解できないと思ったんだろうな。

「頭の大きさと骨盤の大きさをあわせてみるとこのようになります」


ファイルを二枚合わせる。

骨盤と頭の丸い形も合わさる。


「産めません」


…なんとー!

さらに血圧も絶賛上昇中。このままいくと母体も危険なので出しましょう、という宣告。

「いやー!」

↑無駄だとわかっていても言葉だけでも抵抗したかった私。

「このまま産んでも子育てできないお母さんになっちゃうわよ!そういう人実際いるんだからね!」
と主治医。

わかってる。わかってますよ。もう駄目なことぐらい。

「無理なんだよー」とM氏。

…わかっとるわー!!

というわけで手術決定。約1時間後。

いいわね、準備できるわね、と助産師さんたちにプレッシャーをかける主治医。
いきなりですね、というと、この時間のがすと次は4時間後よ?と言われる。
そもそもそんな選択肢はないけどその4時間意味ないよ!

そこで、できれば横切りで…、と、せめてものお願いを口にすると、

医「横?横がいいの?!いいけど、もう傷口大きくなるわよ?!(胎児サイズが大きいので)」
私「ええええ~…」
医「縦にしましょうよ!」

周りにただよう『おまえもう諦めろよ…』の空気。

いたたまれない。でも言わせてよ。言うぐらいいいじゃん。
でも諦めるよ。わかったよ。

私「じゃあ縦で…。美しくお願いします…」
医「わかった!」

バタバタとより忙しくなる周囲。
私とM氏はいろんな同意書にサインをする。

陣痛室を出ようとする主治医を呼びとめて、
「色々言いましたが、先生信じてるんで、お願いします、、」と言った。
今思えば意味不明な台詞だ。
そして主治医も「わかってる!私も○○さん(←私)信じてるから!」
と、これまた今思うと若干意味不明なお返事をいただいた。

そして準備。

剃毛します、との助産師さんの声に、「手伝おうか?」とM氏。
その辺にあるテニスボール(陣痛ケアの必須道具)の毛でもそってればいいと思うよ。

ああ、手術かあー、と思いながら、ベッドの上で着替えさせてもらってるところで、ぷつっと音がきこえた。

…。
…ぷつっ???

と、同時に水が下から出る。

「水!水出てます!」との私の声に助産師さんがパッド(でかいナプキンみたいなの)をあてようとする。
「たぶんそんなんじゃ間に合わないきがします~…」と言ったがその通りどんどん出てくる。

服も濡れ、一回立ちましょう、といわれベッドわきに立ったところで、どばしゃー!と水。
「破水です!」「先生に連絡!」
ああ、大騒ぎ。

そして水たまりとなった足元。見ると、なんか、、、汚い…?
羊水が生臭いのはきいていたけど、透明じゃないの…?と疑問に思う。

そこに抗生剤の点滴も運ばれてくる。
破水ということは羊水が流れ出てきているので胎児が雑菌だらけの外界と接触してしまうということ。この場合は抗生剤の投与があるということは聞いていた。でも点滴なのね。

そして車椅子で運ばれる。もうどうにでもして。どなどなどーなー。

M氏と別れ、フロアの奥の奥のほうの手術室にいく。
テレビで見たことあるような手術室。

イケメン研修医もいる。ああ、もう。

あられもない姿になり、手術開始。
まず麻酔。背中に打つ麻酔の注射が痛い、と聞いていたがそこまでではなかった。
効きを確認するための「これ痛い?」とか聞かれる。
痛い痛くないでいえば痛くない、という意味で「痛くない」と言ったらいきなり切られてとっても痛かった、という恐怖体験をどこかで読んだことがあったため
「感覚はありますが痛くないです!」(痛くないです、と先に言わない)
とかいちいち返事をするうざい私。

麻酔が効いてきて陣痛がなくなる。

いよいよ腹切り。
レーザーなのかな?腹のほうから煙があがっている。


10分ほどたっただろうか、もうすぐですよ、という声のあと、
目線の下から赤ん坊が出てきた。


何を話されていたとか、そのあたりがもう記憶が曖昧なんだけど、
その光景だけは忘れない。


身をよじらせて、顔をくしゃくしゃにして、赤黒いちいさい生き物が「あんぎゃー!」と声をあげて出てきた。
私たちのこどもが私の腹からでてきた。

でてきた恰好はたとえるならイヤミのシェーのポーズ。
ちゃんと産声あげてる。元気そう。よかった。と思った。

その瞬間流れる「ハッピーバースデー」の曲。

でもなにかこう、曲に合わせた明るい、とか、活気ある雰囲気ではなくみなさん黙々と作業なされている。

非常にシュールな空間であった。

そんななか、赤子は腹の中からしっかり引きずり出され、別の台で状態の確認。
「しっかり二重」「女の子」という情報が聞こえる。
確認が終わったのち顔の横に連れてきてもらえて、手を伸ばして触ることができた。

では計測してきます(計測場所は別の部屋)、と赤子は連れて行かれ、
その時に最初に抱くのは旦那さんですね?お母さんが最初でなくていいですね?と確認が入り、とにかく夫に~、とお願いし見送った。
(あとから思えば私が最初!とか言ってたら私が抱けるようになるまで誰にも抱っこされなかったということなんだろうか。それはねえな。。)

その後は開いた腹の処理。
しかしここで肩やら胸やらが痛みだす。
痛いんですけど、、というと、麻酔医がそうなる方が多いんですよね(理由は不明らしい)、と、その部分を揉んでくれるが、やけに痛い。
痛いのは伝えないと!というなんかよくわからん思いはあり、
イタイイタイ、と言ってたらそこから手術室でるところまでの意識がねえ。

…絶対うるさいとおもわれて眠らされたに違いない、と思ってる。

そのせいだと思っているがその後の記憶も朦朧としてる。
くそー。

そんなわけで曖昧なところの記憶もより薄れてきているのでこの日記も書いておこうと思ったんだよね、、。

そんな朦朧とした想い出を続けるが、目が覚めたら病室。
あー、もうよく覚えてない。M氏はいたのは覚えてる。

そして助産師さんたちが運んできてくれた。

いよいよ感動のご対面…!!


……胎盤と。

…あー、そうそう、書いたよ書きましたよ、バースプランに書きました。
ちょっとした好奇心で「胎盤見たい」って。

だから産んだ直後にでも、ほらこれが胎盤ですよ、ってさらっと見せてもらえるようなイメージでいたんだけど。

わざわざ病室にあの例の手術の銀の皿に載せて持ってきてくれました。私の胎盤…。

なんというか、焼き肉やでよく見るホルモン…?
へその緒付だったから余計に…。
何人前だろ。

マジグロ画像だから載せないけど、写真も撮ったよ。
あとで写真みてあまりのグロさにビビったよ。
胎盤を前にうすら笑顔の私、というのがあんまり記憶にないけど写真には残ってたよ。
こんなかたちで自分の内臓をみることがあるなんて。


胎盤の後で改めてわが子と対面。

私は点滴やら静脈血栓感染症予防のための足ポンプやらで身動きとれなかったので腕の上においてもらった。

ちいさかった。よく泣いていた。そしてすぐに寝ちゃった。


無事で生まれてよかった。
M氏も嬉しそうでよかった。

術後は思っていたよりも結構痛みが強くて点滴やら飲み薬やら坐薬やら数種類の痛みどめを使ってもらって凌いだり、翌日からの歩行訓練もめまい&耳鳴りでままならなかったり、なんか割と大変だった。単に私が我慢強くないだけかもだけど。。

手術当日、新生児室で胎児の診察をしている小児科の先生が病室に訪ねてきて、我が子の状況を話された。

またこの先生がぼそぼそと話すし声が小さいんだ!
ずっと耳鳴りしている私はとても聞き取れなくて、すみません、耳鳴りで聞こえません、というと、お産したばかりですからね、またあす来ます、といって去り、明後日来た。

よくよく聞くと、羊水混濁があり感染症疑いで抗生剤投与をしていたという。
感染症を示す数値も標準より高かったそう。


…なんだよ!一大事じゃん!!
もうちょっとちゃんと教えてくれよ!と思った。もー!

臍帯(へその緒)の首への巻き付きもありストレスがかかり胎便を出していて羊水混濁となり、感染症を示す数値があがった、
でも数値も戻り安定しているので大丈夫ですよ、とのこと。

いや、よかったけどさ~…。


あの時、破水した時、水が汚いな、、とおもったけど、やっぱりそれは混濁だったんだな。

何もなくてよかった。やっぱりこの子にもストレスかかってたんだなあ。
がんばってくれてありがとう。

そしてあの時間での緊急帝王切開は結果的にベストタイミングだったんだとやっと思えるようになってきた。思わせてほしい。

ちなみに私の母は産まれる前も見舞いに来てくれていて、私は、見飽きた私にわざわざ会いに来なくてもこどもが産まれてから来ればいいのに、ぐらい思っていたのだけど、母としては「まともな娘に会えるのはこれが最後かもしれない」と思っていたそうだ。

やっぱり思い返せば色々危険があったんだな。
ご心配おかけして申し訳なし。

その後血圧が下がらなくて降圧剤のんだり循環器内科の診察を受けたりとあったけど、無事退院の日を迎えられた。

当日は花束をもってM氏が迎えに来てくれた。
用意していた白いベビードレスを我が子に着せることができたことが感動した。
病院の前で三人で記念撮影もできた。

風の強い日。私は子と二人で退院できて三人で帰ることができた。

やっと帰宅。うれしかった。
入院2週間、長かったなー。

妊婦生活も長かったなー。

妊娠中ずっと、自分が子どもを産むなんて全然現実味がなくて、現実味がないせいで、それが叶うと思えなくて、ずっとずっと不安だった。楽しみ、なんて、ほんとは思ってなかった。不安だったから。
楽しみ、っていっちゃうと何かあった時に辛いから、なんて思ってた。

突然入院になって、血圧が上がりっぱなしになって、周りが忙しなくなってきて、ああ、やっぱり何か起こっちゃうかも、と、不安でしょうがなかった。でも口に出すとそれが何か引き起こしそうで言えなかった。

でも帰ってこれた。一緒に。

この2週間前、今この家をでたら、もうこの大きなおなかの姿でここに帰ってくることはない。
お願いだから子供を抱いてまたこのドアを開けて入ってくることを許してほしい、と誰かわからないけど誰かに祈って出た家に、願った通りに帰ってこれた。

家に入ってこども抱いたまま泣いた。
夫が頭をなでてくれた。
本当に帰ってこれたと思った。

私の当初のバースプランなんてもうほっとんどかなえられなかったけどもういいや。
これが私のプランと結果。無事に産まれてきてくれたからもういいや。

この頭か!この頭が通らんかったんか!
と、授乳のたびに抱える頭部を見つめていたこともあったけど、その頭もいまは4cm成長の39cm。
成長は早い。成長してくれて嬉しいと思う自分がいる。

有難い。私の人生にこんな日がくるなんてなあ。

いろいろあったけど、こんな弱くて小さなかわいい生き物が私たちのうちに来てくれた。

今となっては手術したとか、痛いとか、そんなことはもうどうでもいいから、
とにかくこの子が健康で無事に育ってくれることを切に切に願います。
わたしもがんばるからどうかおねがいします。
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